【醸造酒 vs 蒸留酒】

 日本酒、ビール、ワインは醸造酒、焼酎、ウイスキー、ブランデーは蒸留酒です。両者は一体何が違うのでしょう。両者の成分を比較すると、基本的には蒸留酒では存在できない味成分が醸造酒の中には何種類か入っている、ということになります。では、蒸留酒にはなく、醸造酒に特有に入っている成分とは一体何でしょうか。
 答えは、タンパク質、ぺプチド、アミノ酸、不揮発性の酸(乳酸など)、そして糖類となります。また、極微量ですが金属イオンが含まれます(仕込水由来)。一方、蒸留酒に特有に含まれている成分はと言われれば、殆どなしとなります。殆どと付けたのは、微量には存在しているが、重量比から考えると、殆ど無いに等しいということです。蒸留酒は、製造過程で温度を高くした状態が続きますので、醸造酒の製造時の温度では生成していなかった香成分(エステル類)が、少し合成されてくることになります。
 醸造酒と蒸留酒の違いは、それらを蒸発させたら、蒸留酒からは殆ど何も残らないのに対し、醸造酒からは色々な成分が残るということが最大の違いとなります。
 つまり、醸造酒を呑む楽しみの一つは、蒸発させても残る成分を味わうことが出来るということであり、その点において蒸留酒を利くときとの大きな違いがあります。

 一時期、日本酒は辛口に限るといった風潮がありましたが、それでは、醸造酒の特徴である、甘味、旨味、酸味を利く楽しみを放棄してしまうことになります。
 蒸留酒の中には、甘味、旨味、酸味の成分が存在しません。蒸留酒の構成成分は、水とアルコールと香成分のエステル類だけ(極微量に別の成分が含まれる可能性がありますが)なので、基本的にはアルコールとエステル類の味と香を楽しむお酒ということになります。それに対して、醸造酒は甘味・旨味および酸味を美味しく利くために、アルコールとエステル類の味と香が付随しているようなものだと私は思っています。

 個人的な事を言えば、私は蒸留酒、特に焼酎を好みません。蒸留酒自体は、アルコールの味しかしないので美味しいと感じられないうえ、焼酎では、香成分(エステル類)が強くなり、体質と合いません。焼酎好きの方を観察していると、兎にも角にもアルコールが好きであるか、香成分が好きなようです。この点については、それぞれの嗜好傾向となりますので、お酒の優劣とは関係ありません。
 私達のような化学系の研究者は、仕事上の関係で様々な薬品に囲まれた環境にいます。結構、薬品を零す人や試薬ビンの蓋を開けっぱなしにする人などがいて、薬品の臭いが漂ってくることがあります。そのような場合、私かなり敏感その臭いに気付きます(最初に気付くことが多いです)。そして薬品によっては気分が悪くなります。お酒の香成分も、実は実験室に置いてある薬品と同じものなのです。お酒の香成分は、微かに臭いを感じるとフルーティーな爽やかな香ですが、その量が増えてくると、セメダイン様の香へと変貌します。実験室に置いてあるような試薬は、純粋な成分ですので、超高濃度状態で保存されていることになります。その試薬がエステル類であれば、その臭いを直接嗅と、とても気分の悪くなる臭いとして感じられる訳です。

 皆さんもご存じのことと思いますが、シンナーを吸い過ぎると中毒になります。シンナーとは、塗料を溶かす有機溶剤の総称なのですが、お酒の香成分も、それを純粋に取り出せば、実はシンナーになるのです。一般的なお酒の香ぐらいでは害はありませんし、中毒になることもありません。フルーツに含まれる香も、エステル類ですので、気分良く感じられる程度の香であれば、何ら問題はないのです。しかし、それが濃縮されて大量に存在していると、毒に成るのです。

 どの程度から毒になるかは、個人差があります。これは、遺伝的要因であり、エステル類を代謝することの出来る酵素といわれるタンパク質がどれだけ生産されているかで、差を生じてしまうのです。私の場合は、残念ながらエステル類を構成する高級アルコールを素早く代謝出来ないようで、特に芋焼酎に含まれる香成分のエステル類は小量でも気分が悪くなります。このような理由からも、香成分濃度が高くなる蒸留酒を好みません。

 私の知人に、缶チューハイを飲むと気分が悪くなるのに、キリンの氷結というチューハイでは、どういう訳か全く気分が悪くならないと不思議がっている方がいました。その違いの理由は簡単です。キリンの氷結で使われている蒸留酒は、ウォッカだからなのです。ウォッカというお酒は、なるべく純粋なアルコールとするために、白樺の炭で濾過をします。その過程で、香成分であるエステル類は、殆ど取り除かれています。焼酎で割ったチューハイは、ウォッカのそれより、高濃度のエステル類を含むので、結構気分が悪くなる人がいるのです(市販のチューハイは、宝酒造のみが焼酎ベースで、他は全てウォッカベースだと思われます.)。

 日本酒に話を戻しましょう。日本酒を利く楽しみの特徴は甘味・旨味および酸味にあると記しましたが、今日ではそれに加え、吟醸香を利く楽しみがあります。この吟醸香も、エステル類に他なりません。私は元々はドイツワインが大好きでした。そのことからも、日本酒においても吟醸香を持つお酒を好みます。しかし、この吟醸香も強くなり過ぎたり、複雑化されてくると逆に敬遠したくなります。
 フルーツでも、熟し過ぎると、香が強くなると共に異臭を持つようになり、美味しさが不味さに変貌します。日本酒も同じことで、素晴らしい吟醸香を持ったお酒であっても、ある時期を過ぎると、マズーイお酒に変貌することが多々あります。確かに熟成させることで、程よい香を持つようになる日本酒もありますが、管理をしない状態で熟成(多分放置)したものは大半は不味くなると思っていて間違えないでしょう。

 同じフルーツを食べても、個人差によって、青臭いのが好きな人、丁度熟したところが好きな人、腐る直前が好きな人などそれぞれです。そして、好みの許容範囲の広さもそれぞれのはずです。多分、フルーツのどういう熟成度が自分の好みであるのかと日本酒の熟成度の好みとは、パラレルな関係にあると思います。

 吟醸香を作りだすタンパク質・遺伝子は1990年台に特定されました。このように、タンパク質・遺伝子を特定することが出来れば、遺伝子組み替え技術によって、吟醸香の量を自由に操ることの出来る酵母を作りだすことが可能となります。当時は、そのような遺伝子組み替えを実際に行おうという考えもありましたが、周知のように遺伝子組み替えについては反対意見が多く、そのような計画が立てられることもなく終わってしまいました。今日では、様々な花から吟醸香を作りだす能力の高い酵母が単離されてきましたので、そのような花酵母を用いて醸造した吟醸酒も製造されるようになっています。

 

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